第四回早稲田文学新人賞佳作入選作品
ゴールデン街一九八七年 真夏
(上田かおる)
ゴールデン街午後の二時半 カンヴァスに弾けるブルーの中のオレンジ
新宿の路地の真昼の水溜まり 一片の空地上に落ちて
あたりめの匂いの残る裏窓にひとしきり蝶のおいつ追われつ
しかたなく雨に打たれているようなやさしさもある サルビアの花
まったくのしろうとですがよろしくと言ってこの街 三度目の夏
塩・胡椒ひとふりそして渾身のにんにく炒め 好きな人には
留学生と飲んで俳句や短歌など語れば朝日の中の地球儀
地上屋が横行すれば団塊の活動家たちが集まってくる
酔いどれはBLACKーNIKKAに薔薇さして時代おくれの背中をみせる
嫌いではないけどヒマな流しとは眼を合わせたくない 客引きに出て
ルージュ赤く とめさん客を前にしてまことしやかな処女とあいなる
コノマチデイチバンフルイ花チャンハタダ一升ノ米デカワレタ
そういえば不憫な娘もいましたよ 風鈴売りが花園を行
びいどろの風鈴 十年前の日の情死の一部始終みていた
過ぎし日の異国の空に夕焼ける箱庭あわれ 故郷に似て
四十度くだることなき屋根裏の青線地帯 かくも夏空
かたばみの紅がまどろむゆうぐれを萎れて今日もひとりの夕餉
ひとときの逢瀬ののちを風吹くな 抱かれながら繭となるまで
言葉など死にゆけ 二人のふるさとの北と南を埋めゆくベッド
ひともとの鶏頭活けて枕もと しなし二人をはかなんでいる
空き壜のわれかな 路地に捨てられしことも抱かれて忘れてしまえ
氷屋の氷の中に閉じ込めたMY・LOVE ここは女の世界
トウホクノ身売リ列車ハソノヨルモ上野ニイリテ十三ノ春
見上げれば洗濯物がなびきおり 朝のヤクザのはにかみに似て
吾輩の縄張りなれど 炎天に使い古しのようなボスネコ
冷房が壊れて十日 フウリュウと言えないこともないではないが
脱ぎ捨てたサンダル犬に拾わせるようにとらせて 午後のユ、ウ、ウ、ツ、
原色を塗ってオールドファッションのNABEを飾ろう 向日葵の絵で
雲ひとつないまっさらな青空がいちばん似合うゴールデン街
トランクにみな詰め込んで捨ててやる! 水平線に風わたる午後