現代俳句 短歌「新宿ゴールデン街」

掲載作品(上田かおる)

『マキャヴェルリ断章』ひらくカウンター 人を待ちおり雲降る中

手渡した窓から窓へその鍋の湯気あたらしき午後の日溜まり

台湾の少年慣れたものごしでギョウザ差し出す指のおさなさ

間違われ引かれる袖の感触になれてキャッチを身近かに思う

焼き鳥屋一軒もなきこの街をふと疎ましくおもう小春日

その昔銭湯だったわが街のホテル『石川』もついに管理地

母捨てた帰りのように天高くコンクリートに咲く女郎花

仏壇と布団一枚 煌煌と青線時代を照らす寒雷

ひとひらずつ散るゆえ享けし山茶花のくらない匂いたつ都電跡

屋根裏を整理しおれば軍服の写真はらりと西日の中へ

キキンノアト砂マデ食ベタオボエノアル唇ガ男ヲクドク迷宮

一年を終えて見詰めるNABESANの扉あなたの背中のようで

元旦に都庁建設着工のニュース聞きおり みかん剝きつつ

 1988年 光りつつ確かに風が駆け抜けた朝

こっそりとNABEの鏡にピースなどしてみる今年のかおるの顔に

発行日:1988年1月1日
発行所:現代俳句協会